マックと安岡章太郎

久しぶりにマクドナルドへ寄った。

久しぶりというのだからそれは言葉の通り3年ぶりくらいのことだ。

美味しくもなく、不味くもなく。

冷房がよく効いて、席が狭くて、照明がまぶしすぎて。

早く帰りたいと思わせる仕掛けにあふれていた。

一口食べた途端に私は帰りたいと感じた。




隣に座る人も向かいの人も皆スマホを見ている。なんだかこういう時は違うことがやりたくなる。


 小説を読むことにした。



最近買った安岡章太郎の本だ。


なんて面白いんだろう。

受験の失敗が中心の話で、昔の物語ではあるが十分今にも通ずるおもしろさだ。


高校生の時、この本読んでたらなあ。











眠る前に

パン屋さんで、パンを食べていた。平日の昼間であった。

たしか目玉焼きとハムののったパンを食べていたとおもう。

ひと息ついてぼけーっとしていたとき、隣に80近いと思しき男性が大きい音を立てながら席に着いた。

彼はワンカップ大関を机に置き、ものの2分ほどでそれを飲みきる。私はどこを見たらいいのかよく分からずパンくずを指で拾い集めたりしていた。

老人はすべての動作を大げさに行なっていた。見ればわかるほどに大げさだったのである。

 

 

 

誰かに話しかけて欲しいのかなあ

 

いまの社会に足りないものは?ときかれたら

きっと話すことだろうとおもう

本音で話す、なんてことはなくてもいいけど

もう少し互いの人生について話して見たり(それは自慢話でもいい)、日々見えるものについて語れたら楽しいだろう。

 

仲間を作らないと孤立死してしまうなんて言い方もできるかもしれないけれど、そもそも仲間を作るには、友達を作るには、会話がいる。

会話をする場所がもっとあればいいとおもう。

じじいばっかじゃ飽きるだろうから若い人も混ぜて

 

 

 

みんなそんなに棲み分ける必要はないでしょ

頑なにしゃべりたい!とか褒めて欲しい!みたいな欲求を隠さなくともいいはず

みんなもっと欲望を隠さずに 話し合えたらいいのに

 

 

消費活動では享受できないたのしみこそ

たぶん墓場までもって行ける幸福だろう

 

不安より先に楽しみがあれば

楽しみが先行する

 

 

占い師みたい

 

でも本気でそう思ってます

誰かを待っててももうだめ

 

キムチ

ダリもアンディウォーホルもキムチ牛丼なんて食べないんだろうな

顔が胃を語ってる